掛け算の順序問題と言えば,大抵の人にはわかっていただけると思うが,
小学生のテストの文章題において,
(かけられる数)X(かける数)=(答え)
と正しく(?)立式できていなければ,バツを付ける.という奴だ.
もう少し詳しく言うと例えば,
「1個30円のみかんを5個買った時,その代金はいくらになるか?」
という問題に対して,30 X 5 = 150 は正しいが,5 X 30 = 150 は間違い.
とする日本の教育方針は如何なるものか.という奴だ.
以前から,私なりの意見を持っていたのでこの場を借りて書かせてもらう.
はじめに断っておくと,私は
掛け算の順序はとても大切だ
というスタンスで書くので,すでに気分が悪くなった方はご退出していただいても構わないし,
ふざけるなっ!と思う方はコメント欄に書いてもらって構わない.
ただ願わくは,私がそう思う根拠を読んでからにしていただきたい.
その上で批判されるのであれば私としてもこの記事を書く意義があるというものだ.
(むしろ反対意見こそコメントに残して欲しい)
ちなみに,私は小学生時代
「掛け算の順序は大切だ」と習ったし,
それに対して何の疑いを持つことなく今に至っている.ということも併記しておこう.
また,
「上司に言われたことを正しくできる人間が求められている」などという
就職活動まで含める謎の主張をするつもりは毛頭ないことも宣言しておく.
では,ここからが私の意見だ.
【理由1】教育上仕方ない
よくtwitterなどで見かけるのはバツが付けられている,
ある一問の画像だと思う.
しかし自分の小学生時代の記憶を呼び起こして欲しい.きっとその問題の上や下には
「ボールが3つ入った袋が全部で7個あります.全部でボールはいくつでしょうか.」
とか
「3つの長椅子があります.ひとつの長椅子に4人が座るとき,合計で何人座れるでしょうか.」
のような問題が並んでいたはずだ.
これらの問題に対して,掛け算に順番はありません.どちらでも正しいです.
と小学生に教えてしまうとどうなるだろう.
「なんだ.掛け算て簡単じゃん.出てくる数字をただ順番に掛ければ良いだけだ.」
と安易に考えてしまう生徒が少なからず出てしまうだろう.
そして,もっと複雑な文章問題になったとき,上のような考え方を
していた生徒は間違いなくつまづくだろう.
それこそ教育上の問題があるというものだ.
だからと言って,少なくとも習いたての初期段階では,
小学校のテストはこの程度の問題が並ぶことになるのは仕方がない.
さらに日本には
掛け算九九という素晴らしいものがあるため,
これらの計算を間違える生徒はほとんどいない.
するとどうなるか.
教える立場の先生としては,生徒が
本当に文章題を理解して,掛け算をしているのか,
ただ機械的に出てくる数字を掛け算しているのかなんて判断することはできない.
恐らく日本の教育が現在の形になったのもこういう背景からだと推察される.
もっとも,これはテストにひと工夫加えるとか,教え方を変えるとかすれば
どうにかできるかもしれない問題なので,ある程度の説得力はあるかもしれないが,
これだけの理由で
掛け算の順序は絶対だ!と主張するのは乱暴だと思う.
だから,私が本当に主張したいのは次の理由2の方だ.
【理由2】数学や物理において慣例は大切
突然だが問題だ.直線:y = ax + b の傾きとy切片はいくつでしょう.
さて,どうだろう.多くの人は傾きはaで,y切片はbだと思ったのではないだろうか.
しかし,それは間違いである.
いや,間違いというのは言い過ぎだが,
正しいとは限らないというのが本当だ.
なぜなら私は一言も「xが変数だ」とは言っていないからだ.
だから,aが変数で,xが傾き,bがy切片かもしれないし,
もっと捻くれた考え方をすれば,bが変数で,傾きは1,axがy切片かもしれない.
もちろんこれが屁理屈に近いことは十分わかっているが,
掛け算に順序は無いという主張はこれに似ていると私は思う.
つまり,xが変数,aが傾き,bがy切片というのが数学の慣例であり,
掛け算の順序にこだわるのも数学の慣例だ.というのが私の主張だ.
順序を逆にしようが,aを変数にしようが正しいことは正しいが,
決まり事を作っておいた方がわかりやすい.
言うなれば
読者と筆者の間の暗黙の了解だ.
もし,直線:y = xa + b という表現が出てきたら,
私は変数と傾きがどちらか分からなくなる.
xが傾きにしろ,aが傾きにしろ,慣例にそぐわない形をしているので,
何か特別な意図があるのだろうか.と疑いながら読み進めるだろう.
読み進めた上で,敢えてxaと書いていた理由がわかれば
「なるほど」と思うだろうが,全くその必要性を感じなければ
「なぜわざわざxaと書いたんだ.」としばらく疑問を持ってしまうし,
もしかするとその理由を探すためにもう一度読みなおす可能性すらある.
逆に,自分が書く立場のとき,敢えて順序にこだわってxaと
書きたいと思っても,「普通はaxと書く」という慣例が存在しなければ,
自分が順序にこだわっていることを読者に伝えるのは一苦労だ.
それぐらい慣例というのは大事だ.
と私は思う.
そして小学生の算数において,この
数学の慣例を教育できるのは
掛け算の順序問題が唯一なのではないだろうか.
もちろん,そういう枠にハマった考え方しかできないから云々・・・.
という反論が理解できないこともないが,
恐らく,世の中の99.9%の凡人は枠にハマった考え方をしたままの方が
上手くやっていけることが多いと思うし,残りの枠にとらわれない0.1%の天才は,
どうせこんな教育の枠にさえ囚われないだろう.
(とは言いつつも,私はエジソンは1+1が・・・という話が大嫌いである)
だから,さしあたっては
小学生に掛け算の順序は大切だと教える日本の教育に
問題はないだろう.
これが私の主張だ.
まあ,一番の問題は,
多くのの小学校教師がここまで深く考えて教育しているわけではないだろう
ということなのかもしれないが・・・.